みなさん、卒業、修了おめでとうございます。ご家族のみなさま、本日は誠におめでとうございます。神戸大学の全構成員を代表して、こころからお慶びを申し上げます。
本日、神戸大学は11学部の卒業生2731名に学士の称号を授与できました。 博士課程前期課程修了者1184名に修士号の称号を授与することができました。 また、専門職学位としての経営学修士号を14名の皆さんに、 もうひとつの専門職学位として法務博士 (専門職) 号を96名の皆さんに授与できました。このことを神戸大学として心からうれしく存じます。 平成20年度には、この会場とは別の場で、 博士課程後期課程修了者の326名に博士の称号を授与いたしました。 また、本学に学位論文を提出され、審査に合格された63名の皆さんに博士の学位を授与いたしております。
学位を授与できることは神戸大学の誇りであります。神戸大学の全構成員を代表して改めて、今日の日を祝いたいと存じます。
神戸大学卒業生の特徴
三月に入って、神戸大学長として本当に嬉しいことがございました。 それは、ノーベル平和賞を受賞されたムハマド?ユヌス氏からいただいたお褒めの言葉です。 この三月、神戸大学はムハマド?ユヌス氏をお招きして、シンポジウムを開催しました。 このシンポジウムの主役は本学の学生でありました。このシンポジウムを終えて、 ユヌス氏との会食の場で彼が私にたくした言葉は私を感激させるものでありました。
ユヌス氏は、「神戸大学の学生は本当に卓越している。しっかりとした問題意識と課題分析力と行動できる強い心を持っている。 これからの世界のために活躍できるすばらしい資質を持っている。学長はこのことを学生諸君に必ず伝えてほしい」というものでした。
これは本当に嬉しい言葉です。けれども学生を誉めるこのようなお褒めの言葉をいただいたのは、 この度が初めてではないのです。神戸大学はEU諸国との連携拠点として、 EU Institute in Japan KANSAI (EUIJ関西) を持っておりますが、 EUIJ関西の活動実績が評価されて、 一昨年にはEUのバローゾ委員長が神戸空港に降り立ちました。 委員長は、神戸大学の学生との対話だけのために神戸に立ち寄ったのです。 これを可能にしたのは、EUIJ関西の活動の中で、学生諸君が高く評価されているからだと考えています。 これまでお招きしてきたヨーロッパ諸国の政財界の著名なゲストは、ユヌス氏と同じようなコメントを残しています。
彼等が一様に指摘するのは、現代社会の課題に対するしっかりとした知識に裏付けられた問題意識であり、 その克服への強い意思についてです。それらを神戸大学の学生との対話の中で強く感じると彼らが一様にコメントするのです。 神戸大学の学生たちは現代の課題をしっかりと見据える力があり、未来への強い意志をそこに感じるという評価です。
こういった力は、現代社会が特に高く評価し、求めるものですが、 それらの力は相互に研鑽をする仲間の中で培われるものであり、 高いレベルの知の集団の中で鍛えられるものだと考えます。大学における正課での活動はもちろんのこと、 課外活動の場も加えた集団の中で鍛えられるものだと考えます。大学は志を同じくする者が集まって、良き師に恵まれ、 相互に研鑽する環境を構築できてはじめて意味をなすものですが、そうだとしますと、 海外の有識者からの神戸大学学生の卓越性への評価は神戸大学が大学として優れた環境を醸成していることを示すものだと考えます。
むろん、私が神戸大学長であるが故の手前味噌な解釈と言われるかも知れません。 しかし、学長という立場にあって、学生の資質をほめられることほど嬉しいことはなく、 誇らしく思うことはありません。
つい先日、私は、学術研究においてまた、課外活動において国内外で卓越した活躍をした学生諸君を顕彰する機会を持ちました。 顕彰をうけた学生諸君の背筋がしっかりとのびた、誇り高い姿をまぶしく感じました。顕彰を受けた彼等が一様に認め、 感謝の言葉の中に必ず加えたことは、共に歩む仲間がいたこと、優れた先達と指導者に恵まれたということです。
みなさんは、こういった神戸大学の環境の中で自らを磨いてきました。その結果、みなさんは世界のどの分野においても、 最先端の、どのような社会的ポジションにおいてもリスペクトされる力をもって卒業されるのです。 どうぞ自信を持って活躍していただきたい 。
先ず、真摯でありたい
そんなみなさんは、これからそれぞれに異なった職場や研究室で活躍されます。 新しい環境への期待と同時に、不安も持たれているかと思います。 しかし、順風満帆の時においてでさえ人は不安を持ちます。 不安は、それは人が生きていくことにおいて当然に生じるものであり、 不安はリスクを予知し、回避する能力でもあるのです。
しかし私たちは、不安に押しつぶされたくはありません。そこで先達が私たちにいつも伝えようとしていることは、 不安に押しつぶされることなく、明日への力と方向を決めるのが、自らの「ありたい姿のイメージ」の大切さです。 ありたい姿のイメージがどれだけ鮮明であるか、どれだけ具体的であるか、それをどれだけ言葉で表現できるかが日々の行動を左右し、 その時々の無意識の下での決断に繋がるといわれます。
私自身も先達に習い、自らのイメージを明確にすることにこだわってきました。 私自身は、最近、自分のありたい姿のイメージを形成するとき、神戸大学がモットーとしている「真摯」という言葉に注目するようになりました。 その理由のひとつとして、現代のサブプライム?ローンに端を発する世界の混乱を例としてあげることができます。 今私たちが直面している厳しい状況は、その発端を創った人間が社会に対して、自らに対してもっと真摯であったら生じなかったのではないかと思うからです。
サブプライム?ローンに端を発する混乱の背景には経済活動のグローバル化、ボーダレス化があることはみなさんがよく知っているところですが、 世界は私たちが思っている以上に濃密なネットワーク型社会になっているのではないかと思います。 これは私自身が今ようやく気付いたことであり、みなさんには周知のことかも知れませんが、 グーグル?アースのこのわずか1年間の急速な進化に見るように、多様な情報が地球規模で連動することが可能になってきています。 そして、これまでは間接的にしか影響することのなかった産業活動や生活の諸分野がいつのまにか濃密な連携構造の中に組み込まれてしまってきていることに驚かされるのです。
これから始まることが予測されている世界の水の争奪戦のような地球規模での新たな活動に参画するのは私たちが想像しているような企業体ではないかも知れません。 国家としての権益が確保されないまま、まったく新たな構造をもった経営組織体が生まれてくるのかも知れません。 巨大な資金が瞬時に動く現代社会はひとりのアイデアと行動が瞬時に世界を動かす力を持つ可能性があると思わなければならないと思います。 更なる超濃密な高速ネットワークに取り込まれていく現代社会にはこれまでとは違った可能性があるのだと思います。 こういった新しい時代の産業に参画したり、あるいはそれを創出させるのは他ならぬ皆さんです。
こういう時代であるが故に神戸大学で学んだ皆さんには神戸大学のモットーである「真摯であること」にこだわってほしいと思うのです。 不良債権となるであろうことが当然に予測されているローンを細かな債券に分割し、 それを、優良な債権に組み込んで世界中にばらまく仕組みを考えたのはごく限られた人間です。 そのアイデアが世界を大混乱に陥れるという状況を創りだしています。先ほども申し上げたように、 その発端を創った人間が社会に対して、 自らに対してもっと真摯であったらこういう構造を造り出すことはなかったのではないかと思うからです。
新たな地平を拓く人として
私たちの社会は既にこういった超濃密な複雑系ネットワーク社会にあり、 それは日々急速に進化し続けているという事実を見据える必要があります。 この進化のテンポにもっともよく順応し、ともに歩み、あるいはさらに進化させていくことができるのは他でもない、若い皆さんです。
みなさんは、世界の政財界や学術のリーダーが認めている優れた課題把握力と行動への強い意志を持っています。 どうぞ、神戸大学卒業生として私たちが抱えている困難な課題を克服し、 あらたな地平へ導く人として活躍していただきたい。それはいつか手掛けることではなく、 いま、この瞬間を大切にすることの意志と行動から始まるのだということも忘れないでほしい。 みなさんの手に私どもの未来が委ねられています。みなさんの活躍を祈念し、神戸大学長としての式辞といたします。
平成21年3月25日
神戸大学長 野上智行