この度、愛媛大学大学院医学系研究科の金川基教授(神戸大学客員教授)、東京大学大学院医学系研究科の戸田達史教授(神戸大学客員教授)、神戸大学大学院医学研究科の徳岡秀紀医師らの研究グループは、糖鎖異常型とよばれる筋ジストロフィーモデルマウスの治療に成功しました。
糖鎖とは核酸?タンパク質に次ぐ第三の生命鎖とよばれ、タンパク質や脂質に結合した形で機能を発揮する生体にとって重要な物質です。その重要さゆえに糖鎖の異常は時に疾患の原因になることもあります。筋ジストロフィーは筋力が進行性に低下していく遺伝性疾患で、有効な治療法が未だに確立されていない難病です。筋ジストロフィーの中には、糖鎖の異常によって発症する病型もあり、本邦の小児期筋ジストロフィーで二番目に多くみられる福山型筋ジストロフィーなどが挙げられます。糖鎖異常が生じる原因は様々ですが、糖鎖の材料となる物質の異常も筋ジストロフィーの原因となることが知られています。
本研究では、糖鎖の生合成に必要な物質のひとつCDP-リビトール (注1) の合成酵素ISPD (イソプレノイドドメイン含有タンパク質、注2) の異常によって発症する筋ジストロフィーのモデルとして、ISPDが欠損したマウスを作出し、CDP-リビトールの合成不全と糖鎖異常が発症の原因になることを明らかにしました。次いで、モデルマウスに対するISPD遺伝子治療によって病気の進行を抑制できることを発見しました。更に、細胞内への送達効率を高めたCDP-リビトールを創出し、モデルマウスのプロドラッグ (注3) 治療に世界で初めて成功しました。糖鎖の生合成経路を治療標的とする薬剤の開発研究例は極めて少なく、今回の発見は糖鎖異常を発症要因とする疾患の治療法開発にむけて画期的な成果となり、筋ジストロフィーや先天性糖鎖不全症などの希少難治性疾患の治療法開発にむけて大きな貢献が期待できます (図1)。
この研究成果に関する論文は、日本時間令和4年4月14日付でNature Communications誌に掲載されました。
研究のポイント
- 筋ジストロフィーの原因となる酵素ISPDを欠損したマウスを作出し、発症にいたるメカニズムを明らかにしました。
- ISPD遺伝子治療によって、筋ジストロフィーの進行を抑制できることを発見しました。
- CDP-リビトールという糖鎖の材料をプロドラッグ化し、モデルマウスの治療に世界で初めて成功しました。
- 遺伝子治療やプロドラッグ療法は、筋ジストロフィー治療薬開発にむけた臨床応用につながると期待されます。

背景
糖鎖はタンパク質や脂質に結合した形で機能を発揮する、生体にとって重要な物質です。その重要さゆえに、糖鎖の生合成異常は疾患の原因にもなります。糖鎖の異常を原因とする疾患は、優に百種を越えます (参考1)。一方で、糖鎖の生合成系路や構造の複雑さから、ゲノムやタンパク質領域に比べ相対的に研究が遅れている感は否めませんが、糖鎖がもつ生物学的意義を読み解くことで、未知の生命現象や疾患を解明できると期待が高まっている研究分野です (参考2)。
筋ジストロフィーは進行性に筋力の低下を認める遺伝性疾患の総称で、その病型は多岐にわたります。2000年代に糖鎖の異常を認める筋ジストロフィー症例が相次いで発見され、どの症例においても共通してジストログリカンというタンパク質に糖鎖異常がみられたことから、糖鎖異常型 (ジストログリカン異常症) という新しい疾患概念が確立されました。糖鎖の異常によって、ジストログリカンが担う細胞外基底膜と細胞膜の連携が破綻し、筋肉細胞が壊れやすくなると考えられています (図1)。糖鎖異常型筋ジストロフィーは、先天性の筋病変に加えて脳障害なども伴う最重篤型の筋ジストロフィーです。日本では、福山型筋ジストロフィーが最も多くみられる糖鎖異常型筋ジストロフィーで、小児期筋ジストロフィーの中では二番目に多い疾患です。福山型筋ジストロフィーの発見、その原因遺伝子フクチンの発見、そして糖鎖と疾患との関係を明確にした本研究グループの研究成果は国内外で広く認められています (参考3)。
本研究グループはこれまで、筋ジストロフィー発症の原因になる糖鎖の構造や、その生合成に関わる酵素を明らかにしてきました。中でも、リビトールリン酸という哺乳動物ではそれまで存在が知られていなかった化合物が糖鎖の中に存在していること、その生合成に関わる酵素 (フクチン、フクチン関連タンパク質FKRP)、およびリビトールリン酸の材料となる物質であるCDP-リビトールとその合成酵素ISPD (イソプレノイドドメイン含有タンパク質) の発見は、マスメディアでも報道され、国際的な教科書を書き換えるインパクトを残しました (参考1、参考4、参考5)。本グループの一連の研究から、糖鎖異常型筋ジストロフィーの理解は進みましたが、有効な治療法は未だに存在せず、国内外から画期的な治療法の開発が切望されていました。
研究の成果

本研究では、糖鎖異常型筋ジストロフィーの発症メカニズムの解明と治療法の開発を目指して、ISPD遺伝子を欠損するマウスを作出しました。ISPD欠損マウスは、筋力と筋重量の低下を示し、病理学的に進行性の筋ジストロフィー様の所見を呈し、患者でみられる病変を再現していました。また、本来ISPD酵素が合成すべきCDP-リビトールの量が激減しており、その結果、糖鎖異常も生じており、これらの異常が発症要因であることが明らかになりました (図2)。
この疾患モデルマウスに対し、アデノ随伴ウイルスベクター (注4) を用いてISPD遺伝子を導入したところ、CDP-リビトール量と糖鎖が回復し、筋ジストロフィーの進行を抑制できることがわかりました。このことから、ISPD変異型筋ジストロフィーは治療可能であることが示され、同時に、CDP-リビトールを補充することで治療につながることも示唆されました。
しかし、CDP-リビトールは細胞内への送達効率が極めて低いため、そのままの形状では薬剤として利用できません。そこで、CDP-リビトールを化学的に修飾することで細胞内への送達性を高め、かつ細胞内では代謝反応によって生理活性型のCDP-リビトールへと変換できるような仕組みを施しました (プロドラッ