コイブロヴァ教授との国際共同研究の成果を発表
神戸大学大学院国際協力研究科?極域協力研究センター長の柴田明穂教授 (国際法) は、同大学客員教授のティモ?コイブロヴァ教授との共著論文において、ウクライナ侵攻後における北極域に関するロシアとの政府間協力が、いかなる国際法政策的環境の下で継続できているのかを分析し、将来の見通し等についての研究成果を発表しました。
この論文は、ケンブリッジ大学出版会発行の極域研究専門のウェッブ?オブ?サイエンス誌Polar Recordに掲載され、世界的なインパクトを与えるものと期待されます。
ポイント

Polar Record 誌は、北極と南極を対象とした学際的学術誌として有名
- 北極ガバナンス研究の第一人者である、フィンランド?ラップランド大学北極センターのコイブロヴァ教授と、国際法制度形成過程を研究してきた柴田教授の知見が共創した国際共同研究の成果として、ロシアによるウクライナ侵攻が続く中での北極国際協力制度のレジリエンスを、両著者の人的ネットワークを駆使した「内部通報者」の情報をもとに客観的に分析した、世界が注目する論稿。
- 論文は、北極評議会といった、これまでその柔軟性が評価されてきた法的拘束力がない宣言で設立された北極国際協力枠組と、北極科学協力協定や中央北極海漁業協定といった、法的拘束力ある条約で設置された北極国際協力枠組とを比較検討し、侵略行為という重大な国際法違反行為を行っているロシアに対してとられている、これら協力枠組内でのさまざまな措置とその正当化根拠を詳細に分析。その結果、ロシアを含む協力枠組の維持の面では、条約に基づく協力制度の方がレジリエンスは高いと主張。
- 北極域における政府間協力の中心的フォーラムであった北極評議会については、過去にこれを条約に基づく制度にしようとの提案があったことにも触れ、今回のロシアによるウクライナ侵攻のような重大な地政学的危機を前に、北極評議会はもはやその存続さえ危ぶまれていることを指摘。他方で、北極科学協力協定などは、ロシアによる侵攻が継続する間は実際の協力活動は望めないまでも、枠組自体は存続し、危機が去った後には順次協力活動が復活する可能性を示唆。
研究の背景
2022年2月24日に始まったロシアによるウクライナの侵略は、1年を過ぎてもその終結を見通せない状況が続いています。侵略行為という重大な国際法違反行為を続けるロシアに対して厳しい措置を講じる必要性と、ロシアの参加が不可欠といわれる北極国際協力の維持継続の必要性とのジレンマに、北極国際協力を推進してきた政府間制度がどう対応してきたのか。その対応振りに、協力制度を設立した国際文書の法的性質、つまり法的拘束力ある条約か否かによる影響があるのではないか。この学術的問いに応えようとしたのが、本論文です。
論文の概要

コイブロヴァ教授 (左から二人目) との共著論文は、国際学会での共同研究発表を通じて洗練されてきました。写真は3月東京で開催されたArctic Circle Japan Forumでの共同発表の様子。一番右が柴田センター長。
コイブロヴァ教授は、北極評議会を始め、同様に法的拘束がない宣言(ソフトロー)で設置されているバルト海沿岸国評議会について分析する研究があります。「北極条約」の必要性に関する世界的にも注目される論文を発表するなど、北極ガバナンス研究を世界的にリードしてきた研究者です。一方、柴田教授は、南極や環境分野を含む国際協力制度の形成過程を研究しており、最近の文部科学省補助金プロジェクトArCS IIでは、北極科学協力協定や中央北極海漁業協定など、条約に基づく北極協力制度についても研究を広げてきました。これまでの両著者の研究に基づく知見を共創しつつ、上記課題に取り組みました。
加えて、これら北極協力制度においてロシアがどう振る舞っているか、他のメンバーがどういった態度を取っているかなどは、内部の政府関係者にしかわからないことが多くあります。コイブロヴァ教授と柴田教授は、両者がこれまでに築いた人的ネットワークを駆使して、完全匿名性を条件に彼らにインタビューを行うなどして、より実際に即した分析を試みています。この論文は、分析対象とした3つのソフトロー協力制度と12の条約に基づく協力制度の現在の運用状況を客観的に把握することが決定的に重要であり、このエビデンスに基づく分析手法が本論文の説得力を増しています。
ロシアをめぐる北極国際協力制度の対応という現在進行形の課題を扱っている本論文のテーマとの関係で、両著者はオンラインで迅速な発刊が見込まれ、かつ、北極域に関心を有する研究者や実務者が多く参照するジャーナルを戦略的に選ぶ必要がありました。今回は、その中でも極域研究に特化した学術誌としては最も歴史が古く、学術界でも定評のあるPolar Record誌において、投稿から2名のダブル?ブラインデッド査読を経て約2ヶ月で発刊まで漕ぎ着けられたのは幸いでした。
研究の内容と成果
コイブロヴァ教授と柴田教授の国際共著論文「2022年ロシアによるウクライナ侵略の果てに:ロシアと北極に関する国際協力はまだ可能か?」は、2022年2月24日のウクライナ侵攻後、2023年2月終わりまでの事実関係を基礎として、ロシアをメンバーとする北極に関する国際協力を推進する国際制度を分析し、ロシアの侵略行為という重大な地政学的危機を前にして、いずれの国際制度がよりレジリエンスを持っていると言えるか、どの制度がより脆弱であると言えるかを検討するものです。論文冒頭に提示される仮説は、「条約に基づく北極国際協力制度の方が、このような地政学的危機に対して、よりレジリエントではないか」です。論文は、この仮説の理論的背景として、条約制度の場合、ロシアを制度から閉め出す措置 (参加権停止など) を取るためには、国際法が定める厳格な要件を満たす必要があるのに対し、条約に基づかない場合は、そうした要件を顧みること無くその時の政治状況などで判断がなされやすいと考えたからです。この仮説を事実として証明するために、この論文は、各制度の運用に従事する政府関係者からの匿名情報に基づく定性調査手法を用いました。
論文はまず、法的拘束力のない宣言 (ソフトロー) で設置され北極域に直接関わる国際協力を推進してきた3つの枠組、すなわちバレンツ欧州北極域評議会、バルト海沿岸国評議会、そして北極評議会を分析します。その結果、いずれもロシアとの協力が停止されているか、バルト海沿岸国評議会に至っては組織的決定として、ロシアの参加権停止が行われ、反