神戸大学大学院医学研究科生理学分野の内匠透教授 (理化学研究所生命機能科学研究センター客員主管研究員)、中井信裕特命助教、北海道大学医学研究院生理系部門薬理学分野の佐藤正晃講師らの国際共同研究グループは、社会行動の神経回路、及び自閉スペクトラム症 (自閉症)*1に見られるその異常に関する総説論文を発表しました。
今後、社会行動の神経回路に関する理解が進むことにより、自閉症における回路に基づいた新たな治療法開発が期待されます。
この総説論文は、8月24日 (英国時間) に、Molecular Psychiatryに掲載されました。
ポイント
- 社会行動に関わる脳領域として、大脳皮質 (内側前頭前皮質*2、前帯状皮質*3、島皮質*4) 及び皮質下領域 (側座核*5、扁桃体*6基底外側核、腹側被蓋野*7) 、さらには神経修飾系 (オキシトシン*8、ドーパミン*9、セロトニン*10) の神経回路を概説しました。
- 自閉症モデルマウスでは内側前頭前皮質―扁桃体基底外側核回路や神経修飾系回路に異常が見られます。
- 今後直接記録またはバーチャルリアリティー*11を利用して、脳全体のネットワークやその動態を明らかにする技術が進歩することにより、社会行動やその異常としての自閉症における回路に基づく治療法開発への期待が高まります。
背景
足球比分直播_皇冠体育投注-在线|官网?パンデミックを経験する中で、ヒトの社会行動に注目が集まっていますが、社会行動は複雑な行動です。齧歯類における社会行動を分類すると、相手を探知し、接近するか忌避するかを決定し、接近する場合、より調査をするといった一連の欲求期を経て、攻撃、交尾、育児などの完了行動による完了期に至ります (図1)。
自閉症は未解明な部分の多い神経発達障害であり、特徴として社会性コミュニケーションの低下、特定の物事への強いこだわりや繰り返し行動を呈します。自閉症者は顕著な増加傾向にあり、社会課題のひとつとして考えられています。上記でいうところの欲究期の異常が社会行動の異常として、自閉症の特徴的行動です。現在のところ、社会性行動異常に対する適当な治療薬は存在せず、自閉症のみならず、精神疾患一般が神経回路病と考えられることから、社会行動における神経回路の解明は、将来の神経回路に基づく治療法開発につながります。
内容
内側前頭前皮質が社会行動に関わることはこれまで多数報告されてきました (図2)。内側前頭前皮質の一部である前辺縁皮質から側座核への投射神経を活性化すると社会性が障害されます。また、内側前頭前皮質から後視床室傍核への投射路は社会性相互作用の際に活性化され、この神経投射を抑制すると社会性が減少します。Shank3, PTEN, NF1や母体免疫活性化などの自閉症モデルマウスにおいては、内側前頭前皮質―扁桃体基底外側核回路の異常が報告されています。
マウスが他のマウスがフットショック (電気ショック) を受けたのを見ると、フットショックを経験していなくても、すくみ行動を示し、観察的恐怖学習と呼ばれていますが、前帯状皮質の不活化によりこの観察的恐怖学習が障害されることが報告されています。Shank3の自閉症モデルマウスにおいては、前帯状皮質における選択的欠損が、社会的相互作用の障害を引き起こすことが知られています。
島皮質は、大脳皮質の外側に位置し、前皮質と後皮質に分けることができますが、齧歯類では、顆粒層、異化粒層、無顆粒層の3つに分類されます (図3A)。島皮質は、感覚、情動、意欲、及び認知系を結びつける解剖学的中継センターです。後島皮質が内蔵感覚、味覚などの感覚シグナルを受け取り処理しているのに対し、前島皮質はより高次な連合皮質の役割があります。島皮質は社会的意思決定ネットワークと呼ばれるネットワークの活性に影響を与えています。社会的意思決定ネットワークは、外側中隔、内側視索前野、前視床下部、腹内側視床下部、水道周囲灰白質、内側扁桃体、分界条床核を含む社会行動ネットワークや中脳報酬系からなります (図3B)。島皮質が社会行動に関わっているという報告が蓄積されてきましたが、最近、微小内視鏡を用いた実験で、社会行動中に活性化する (ソーシャルオン) 細胞や不活化する (ソーシャルオフ) 細胞が島皮室無顆粒層で発見されています。上記の前帯状皮質とともに島皮質は共感においても重要な役割を果たしています。自然発症のBTBRやShank3の自閉症モデルマウスにおいて、島皮質の関与が報告されています。
神経修飾系として、オキシトシンは視床下部の室傍核や視索上核で産生され、下垂体後葉ホルモンとして、子宮収縮や乳汁分泌に関わるだけでなく、オキシトシン神経は、大脳皮質を含む広い脳領域に投射し、社会行動、母性行動に関わります。側坐核は、腹側被蓋野や黒質からドーパミン入力を受け、報酬や意欲に関わるだけでなく、社会行動にも関わっています。腹側被蓋野―側坐核の活性化は新規マウスとの相互作用に関わることが報告されています。セロトニンも社会行動に関わることが知られており、セロトニン系の障害は神経発達症や自閉症と関連しています。自閉症の原因として知られているヒト染色体15q11-13重複のモデルマウスは、セロトニンの低下、縫線核からのセロトニン神経の活性低下、体性感覚野での興奮性?抑制性神経のインバランスなどの異常が見られ、これらは発達期のセロトニン補充により回復することが報告されています。縫線核からのセロトニン神経の異常は16p11.2モデルマウスでも見られます。Cntnap2, Shank3, BTBR, バルプロン酸投与などの自閉症モデルマウスでは、オキシトシン投与による治療の試みもなされています。Nlgn3の自閉症モデルマウスでも腹側被蓋野におけるオキシトシンシグナルの異常、腹側被蓋野での翻訳系の異常が見られ、翻訳に関係するキナーゼ阻害剤投与により、オキシトシンシグナル、社会性の改善が見られています。Cntnap2の自閉症モデルマウスでは、オキシトシン投与により社会的意思決定ネットワークに関わる領域が活性化され、ネットワークが正常化することが示されました。
今後の展開
社会行動の神経回路の理解は光遺伝学や化学遺伝学的手法をはじめとするシステム神経科学的手法の進展により、進展してきました。今後は全脳レベルでの理解をするために、メゾスコピックカルシウムイメージング、広範囲2光子イメージング、多点2光子イメージングなどの新規光学的手法の導入が期待されています。
2個体もしくは多個体の社会行動中の神経活動の記録も今後の発展として期待されます。例えば、バーチャルリアリティーを利用した「マウスメタバース」空間を作製し、その際の神経活動をリアルタイムで記録するという方法です (図4)。この方法では、バーチャル環境で、マウス2個体の社会性相互作用時の神経活動を同時記録することができます。
回路に基づく治療法として、電気、光、磁気、音響などを利用した次世代の非侵襲的神経調節法の開発が待たれます。
用語解説
- ※1 自閉症 (自閉スペクトラム症)
- 自閉症は神経発達障害のひとつであり、主な行動特徴として社会性コミュニケーションの低下、特定の物事への強いこだわりや繰り返し行動を示す。自閉症者では多様な種類の遺伝子変異やゲノム異常が報告されているが、未だ多くの自閉症は原因が不明である。
- ※2 内側前頭前皮質
- 大脳皮質の前頭葉の中でも中心よりに位置し、恐怖を含む情動や衝動性を抑え込む働きがある。
- ※3 前帯状皮質
- 帯状皮質の前部で、脳の左右の大脳半球間を結ぶ脳梁を取り巻く領域で、自律的機能の他に、報酬予測、意思決定、共感や情動といった認知機能に関わる。
- ※4 島皮質
- 大脳皮質の前頭葉、側頭葉、頭頂葉、基底核に囲まれた領域で、協調的に働かせるために必要な「ハブ」の役割を果たしている。
- ※5 側座核
- 大脳基底核の属する神経核で、快感?報酬を求める行動や意欲の向上に重要な役割を果たす。
- ※6 扁桃体
- 扁桃体は、側頭葉の内側部に位置する神経核群で、情動の中枢としての役割を担っている。
- ※7 腹側被蓋野
- 中脳の1領域で、辺縁系や大脳皮質へドーパミンを供給する部位である。
- ※8 オキシトシン
- 下垂体後葉ホルモンの一種で、分娩時に子宮の収縮を促すことで陣痛を誘発し、乳汁分泌に関わる。最近は社会性のホルモンとしても注目されている。
- ※9 ドーパミン
- 脳内神経伝達物質の1種で、脳内報酬系の活性化において中心的な役割をしている。
- ※10 セロトニン
- 脳内神経伝達物質の1種で、ドーパミン?ノルアドレナリンを制御し精神を安定させる働きを有する。
- ※11 VR (バーチャルリアリティ)
- コンピュータで作り出された3D空間。ヒト用VRではヘッドセットなどで映像を見るが、本研究のマウス用VRではドーム型状スクリーンにバーチャル空間を投影して没入体験を与える。マウスはトレッドミルを歩くことでバーチャル空間を自由に探索できる。
謝辞
本研究は、科学技術振興機構ムーンショット型研究開発事業?目標9などによる支援を受けて行いました。
論文情報
- タイトル
- “Social circuits and their dysfunction in autism spectrum disorder”
- DOI
- 10.1038/s41380-023-02201-0
- 著者
- Masaaki Sato1, Nobuhiro Nakai2, Shuhei Fujima2, Katrina Y Choe3, Toru Takumi2,4*
1 Department of Neuropharmacology, Hokkaido University Graduate School of Medicine
2 Department of Physiology and Cell Biology, Kobe University School of Medicine
3 Department of Psychology, Neuroscience & Behavior, McMaster University
4 RIKEN Center for Biosystems Dynamics Research
*Corresponding authors - 掲載誌
- Molecular Psychiatry