大阪大学産業科学研究所の陣内青萌助教、家裕隆教授は、岡山大学環境生命自然科学学域の山方啓教授、神戸大学分子フォトサイエンス研究センターの小堀康博教授、名古屋大学大学院情報学研究科の東雅大教授らと共同で、有機半導体分子のフロンティア軌道※2を空間的に分離させる分子設計を取り入れることで、有機半導体の励起子束縛エネルギーを低減することに成功しました(図1)。

新たに開発した有機半導体材料を使用してバルクヘテロジャンクション※3型の有機太陽電池を作製したところ、小さな励起子束縛エネルギーを反映して従来材料よりも優れた太陽電池特性を示しました。さらに本材料は、単一の有機半導体を発電層とする単成分型有機太陽電池材料としても機能することを見出しています。本研究成果によって、本研究分野の重要課題の一つである「励起子束縛エネルギーの低減」に効果的な分子デザイン指針の一端が明らかとなり、新駆動原理に基づく新たな光?電子デバイスの創出に繋がることが期待されます。

本研究成果は、2024年8月12日(現地時間)にドイツ化学会誌 『Angewandte Chemie International Edition』 にオンライン速報版として掲載されました。

図1 本研究で開発した有機半導体分子の概要

研究成果のポイント

  • 有機半導体を発電層に利用した有機太陽電池で、光から電流への変換過程で妨げとなる励起子束縛エネルギー※1を低減できる新分子設計指針を実証
  • 有機太陽電池のエネルギー変換効率の向上や、単成分の有機半導体での光電変換を実現
  • 将来的に、新駆動原理?新デバイス構造に基づいた高性能太陽電池や波長選択型透明太陽電池などの光?電子デバイスの開拓に期待

研究の背景

有機半導体は炭素を基盤としたπ共役系※4の有機分子で構成され、柔軟性や軽量性といった利点のほか、ロール?ツー?ロールなどの印刷プロセスを利用した大面積デバイスの製造が可能であるなど、従来の無機系半導体にない機能的特徴を有しており、研究グループではこの有機半導体を発電層に利用した有機太陽電池の開発に取り組んでいます。

有機太陽電池のエネルギー変換効率は、「有機半導体が光エネルギーを受け取って、電流の源である自由電子と正孔を生成する効率」に大きく左右されますが、一般的に有機半導体はシリコンなどの無機半導体と比較して比誘電率(εr※5が小さいため、光エネルギーを受け取っても負電荷と正電荷がクーロン引力(=励起子束縛エネルギー)で互いに強く束縛されて、自由電荷への変換過程が進行しにくいことが課題の一つとなっています。この課題を克服するために、発電層に使用する有機半導体の励起子束縛エネルギーを低減させるための分子デザイン指針の開拓が望まれています。

励起子束縛エネルギーは古典的に、クーロンの式(図1左上)によって表現できることが知られています。研究グループでは、有機半導体の比誘電率(εr)を増加させる分子デザインを取り入れることによって、励起子束縛エネルギーを低減できることを見出していました(2024年8月8日プレスリリース)。

一方、クーロンの式に含まれる(=励起状態※6での正電荷と負電荷の距離)を増加させることでも励起子束縛エネルギーを低減可能と期待されますが、励起状態での電荷間距離に着目した有機半導体材料は未開拓でした。

研究の内容

通常、光エネルギーを受け取った励起状態の有機半導体分子では、電子によって占有されている分子軌道のうち、最もエネルギーの高い軌道(最高被占軌道、以下HOMO)に存在していた電子が、電子によって占有されていない分子軌道のうち、最もエネルギーの低い軌道(最低空軌道、以下LUMO)に移った状態となります。すなわち、分子内でHOMOの存在する場所が正電荷、LUMOの存在する場所が負電荷を帯びた状態となります。本研究では分子内でのHOMOとLUMOの空間的配置を分離させる設計(Rが大きくなる設計)を実現することで、従来材料であるITICよりも、励起子束縛エネルギーが小さい有機半導体分子(SpiroT-DCI)を開発しました。

開発した有機半導体分子をアクセプター材料(光を受け取る材料)として、またPBDB-T (CAS 登録番号 1415929-80-4) をドナー材料(電子を放出する材料)として使用したバルクヘテロジャンクション型の有機太陽電池を作製したところ、小さな励起子束縛エネルギーを反映して、従来材料(ITIC)や比較材料 (SpiroF-DCI) よりも優れた太陽電池特性を示しました。さらに、今回開発したSpiroT-DCI の単一成分膜を発電層とする太陽電池を試作した結果、最大で3.6%の量子効率※7を示し、エネルギー変換効率は小さいものの単成分型有機太陽電池としても機能する事を見出しました。

図2 単成分型有機太陽電池の量子効率 (左)、バルクヘテロジャンクション型有機太陽電池の特性 (右) 

研究成果の意義

本研究成果は、有機半導体におけるフロンティア軌道の空間的配置が励起子束縛エネルギーに及ぼす影響の一端を明らかとし、励起子束縛エネルギーの低減に向けた材料デザイン指針を提案する先駆的研究といえます。新知見に基づく材料開拓の展開を通じて、バルクヘテロジャンクション型有機太陽電池の性能向上や、単成分型有機太陽電池の実現が期待されます。
また本研究グループでは、新駆動原理?新デバイス構造に基づいた半透明有機太陽電池や有機系光触媒の開拓を推進します。

特記事項

本研究は、日本学術振興会(20H02814,20H05841, 20KK0123, 23K17947, 20K15352, 23H02064, JP20H05839, JP22H00344, JP20H05835, 24H00482, 20H05838, 24H00485)、科学技術振興機構(JPMJMI22I1, JPMJSF23B3, PMJCR20R1, JPMJCR23I6)、新エネルギー?産業技術総合開発機構(21500248-0)、三菱財団研究助成の一環として行われました。

用語説明

※1 励起子束縛エネルギー
クーロン力によって束縛された電子と正孔の対(励起子)を解離して、自由電荷に変換するために必要なエネルギー。有機太陽電池におけるエネルギー変換効率低下の原因の一つ。

※2 フロンティア軌道
分子に広がる電子軌道のうち、電子によって占有されている軌道のなかで最もエネルギーの高い軌道(最高被占軌道、またはHOMO)と、電子によって占有されていない軌道のなかで最もエネルギーの低い軌道(最低空軌道、またはLUMO)の2つを合わせてフロンティア軌道という。

※3 バルクヘテロジャンクション
電子供与性分子(ドナー)と電子受容性分子(アクセプター)が薄膜全体でナノスケールの混合状態となっている接合構造のこと。

※4 π共役系
二重結合と一重結合が交互に連なっている分子構造のこと。

※5 比誘電率
物質の誘電率と真空の誘電率の比のこと。誘電分極のしやすさを示す。

※6 励起状態
量子力学的な系(分子や原子など)の状態のうち、エネルギー的に最も安定な状態(基底状態)よりもエネルギーが高い状態。ここでは、有機半導体分子が光エネルギーを受け取ることで生成される高エネルギー状態を指す。

※7 量子効率
照射された光(光子)が電流として取り出される割合。

論文情報

タイトル

Nonfullerene Acceptors Bearing Spiro-Substituted Bithiophene Units in Organic Solar Cells: Tuning the Frontier Molecular Orbital Distribution to Reduce Exciton Binding Energy

DOI

10.1002/anie.202412691

著者名

Kai Wang, Seihou Jinnai, Takumi Urakami, Hirofumi Sato, Masahiro Higashi, Sota Tsujimura, Yasuhiro Kobori, Rintaro Adachi, Akira Yamakata and Yutaka Ie

掲載誌

Angewandte Chemie International Edition

研究者

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