神戸大学先端バイオ工学研究センターの蓮沼誠久教授、番場崇弘特命助教らと、京都大学生存圏研究所の矢崎一史教授、棟方涼介助教らの研究グループは、ヒトの健康に高い薬理活性を示すアルテピリンCの高生産に成功しました。アルテピリンCは養蜂製品プロポリス注1) の主要活性成分として知られる植物二次代謝産物であり、植物由来遺伝子を酵母に導入する合成生物学的アプローチにより、従来を10倍以上上回る世界最高濃度で生産することができました。今後、薬用植物由来の様々な有用化合物の高生産に発展していくことが期待されます。この研究成果は、11月12日に国際科学誌「ACS Synthetic Biology」に掲載されました。

神戸大学では、卓越した研究分野からなる研究拠点群をデジタルバイオ?ライフサイエンスリサーチパーク (DBLR) に結集し、異分野共創によって社会的価値のあるイノベーションの創造を目指しています。本研究成果はDBLRの取り組みによるものです。

ポイント

  • バイオものづくりに有用な酵母Komagataella phaffiiでキク科植物由来遺伝子を発現させ、アルテピリンCを生産させることに成功した。
  • 前駆体化合物(プレニル二リン酸)の供給が生産の律速になっていることを発見し、律速を解除することで、安価な炭素源であるグリセロールをアルテピリンCの生産原料にすることに成功した。
  • 高密度細胞培養系を開発したことで、グリセロールからのアルテピリンCの生産濃度は15 mg/Lに達し、従来の出芽酵母を用いた研究の最高値を10倍上回った。
  • アルテピリンCのように芳香族骨格とプレニル注2) 側鎖を有する化合物は天然に数千種存在するため、本研究の技術は様々な植物由来薬理活性物質の高生産に応用されることが期待される。

研究の内容

アルテピリンCを生産するためには、まず、芳香族化合物であるp-クマル酸とプレニル基供与体であるジメチルアリル二リン酸(DMAPP)を1対2の割合で生産させる必要があります(図1)。そこで、様々な遺伝子導入酵母を作出して解析したところ、Komagataella phaffiiではp-クマル酸よりもDMAPPの供給が不足していることが明らかになりました。

この問題を解決するために代謝工学的アプローチ注3) に着目し、DMAPPの供給に関わる酵素遺伝子(truncated HMG-CoA reductase (tHMG1)およびisopentenyl diphosphate delta-isomerase (IDI1))を過剰発現したところ、DMAPPの供給量を増大させ、これまでの研究で不可能であった安価な炭素源であるグリセロールからのアルテピリンC生産を実現しました。

Komagataella phaffiiは培養条件を最適化することでバイオリアクター注4) 内の細胞密度を高くできることが知られています。そこで、細胞の高密度化とアルテピリンCの高生産を両立する流加培養注5) の条件を検討したところ(図2)、培養液当たりの乾燥菌体重量(DCW)は61.0 g-DCW/Lに達し、グリセロールからのアルテピリンCの生産濃度は15 mg/Lに到達し、従来研究の最高値を10倍上回ることに成功しました。

図1 グリセロールからのアルテピリンC生産

 

 

図2 バイオリアクターを用いた高密培養

今後の展開

本研究で得られた知見をベースに代謝経路を最適化することでアルテピリンCの更なる生産量の向上が見込め、市場への安価な供給の一助になる可能性があります。また、アルテピリンCのように芳香族骨格とプレニル側鎖を有する化合物は天然に数千種存在するため、本研究の技術は様々な植物由来薬理活性物質の高生産に応用されることが期待されます。

用語解説

注1) プロポリス

ミツバチが、ワックス成分を多く含む植物組織を原料に作る天然の樹脂状物質で、主には巣のメンテナンスに利用される。巣の構造強度の物理的な補強のほか、抗菌作用のある成分を含み、細菌の繁殖を抑えて巣を清潔に保つために用いられる。プロポリス成分の中には人に対する機能性成分も多いため、健康食品として世界中で販売される。

注2) プレニル

プレニル基、あるいはプレニル側鎖というのは、炭素数5からなる化学修飾基で、テルペノイドやイソプレノイドと呼ばれる化合物グループの基本構造。末端にジメチルと呼ばれる部分構造を持つのが特徴。

注3) 代謝工学

遺伝子の発現などを強化または抑制することで、代謝経路を人工的に改変?構築?制御する技術。

注4) バイオリアクター

微生物の培養を行うための装置で、温度、pH、溶存酸素濃度、撹拌速度などの条件を細かく制御できる機能が備わっており、これにより最適な環境を維持して、微生物の増殖や代謝を効率的に制御できる。

注5) 流加培養

培養液中に栄養素 (本研究では、グリセロールなど) を継続的に添加する培養手法。

謝辞

本研究の一部は、日本学術振興会(JSPS)地域中核?特色ある研究大学強化推進事業(J-PEAKS)および科学技術振興機構 (JST) 革新的GX技術創出事業(グラント番号:JPMJGX23B4)、文部科学省科研費 学術変革(A)(グラント番号:23H04967)、理研科技ハブの支援を受けて実施されました。

論文情報

タイトル

De novo production of the bioactive phenylpropanoid artepillin C using membrane-bound prenyltransferase in Komagataella phaffii.”

DOI:10.1021/acssynbio.4c00472

著者

Takahiro Bamba, Ryosuke Munakata, Yuya Ushiro, Ryota Kumokita, Sayaka Tanaka, Yoshimi Hori, Akihiko Kondo, Kazufumi Yazaki, Tomohisa Hasunuma

掲載誌

ACS Synthetic Biology

研究者