神戸大学大学院農学研究科の水谷正治教授、米田彩乃修士学生(研究当時)、秋山遼太研究員(研究当時)、イスラエルワイツマン科学研究所のAdam Jozwiak博士、Asaph Aharoni博士、理化学研究所環境資源科学研究センターの梅基直行上級研究員、大阪大学大学院工学研究科の村中俊哉教授を中心とした国際共同研究グループは、ジャガイモやトマトに含まれる有毒成分、ステロイドグリコアルカロイド(SGA)の生合成に関わる新たな酵素の機能を明らかにしました。

ジャガイモやトマトは、昆虫や草食動物などに食べられるのを防ぐ化学的防御として有毒成分SGAを多量に生成蓄積していますが、一方で、自らが生産する有毒物質の生成過程で植物自身を傷つけないようにしなければなりません。研究チームは、未解明のセルロース合成酵素様タンパク質「GAME15」に着目し、GAME15がコレステロールにグルクロン酸を転移するように機能進化した酵素であることを発見し、GAME15が欠損するとSGAが生成されなくなり、その結果、昆虫に対する抵抗性が低下することを示しました。さらに、GAME15は、細胞膜成分であるコレステロールの生合成を担う酵素とSGAの生合成酵素を結びつけ、効率的な反応を促すタンパク質集合体を形づくる役割を果たしていることも解明しました。つまり、GAME15は防御物質であるSGAを効率的に生産しつつ、同時に有害な代謝中間体の蓄積を抑えて自己に対する毒性を回避するという「鍵酵素」として機能していることが明らかになりました。

本研究で得られた知見により、ジャガイモやトマトの高いステロイド生産能力を応用することで、今後、食品や化粧品、医薬品に利用できる有用ステロイド化合物の生産に向けた新たな合成生物学的アプローチへの可能性が期待されます。

この研究成果は、12月20日に、国際学術雑誌「Science」に掲載されました。

ポイント

  • ジャガイモのα-ソラニンやトマトのα-トマチンは有毒なステロイドグリコアルカロイド(SGA)※1であり、SGAは幅広い生物に対して毒性を示すため天然の防御物質として機能している。
  • SGA生合成経路の初期段階には、機能未知のセルロース合成酵素様タンパク質※2GAME15/CSLMが関与しており、GAME15を欠損させるとSGAは消失し、昆虫食害に対する抵抗性が弱まることを明らかにした。
  • GAME15は、コレステロールにグルクロン酸を転移する酵素であるのと同時に、小胞体膜上で酵素タンパク質集合体(メタボロン)※3の足場タンパク質として機能することを明らかにした。
  • GAME15は、コレステロール経路(一次代謝)とSGA経路(二次代謝)を結びつけ、両者間の代謝物チャネリング※4を促進することを明らかにし、化学的防御と自己毒性の回避を両立させるために機能進化したことを明らかにした。

研究の背景

トマトやジャガイモなどのナス属作物に含まれるステロイドグリコアルカロイド(SGA)は、幅広い生物に対して毒性を示す天然の防御物質として機能しています。特にジャガイモは有毒なSGAの一種であるα-ソラニンを緑化した皮や萌芽に蓄積することが知られています。α-ソラニンは低濃度では“えぐみ”などの嫌な味の原因となり、多量に摂取すると食中毒を引き起こすことから、SGA含量の抑制は食品の安全性を確保する上で重要な課題です。一方、ジャガイモやトマトの高いステロイド合成能力は、新たな生理活性物質の創出や有用物質の生産など、さまざまな応用への可能性を秘めている点でも注目を集めています。SGAは膜成分であるコレステロールから生合成されることが知られており、これまでに多数の生合成酵素が明らかにされています。しかし、ジャガイモやトマトが多量のSGAを自己毒性なく効率的に生合成できるメカニズムは、十分に解明されていませんでした。

代謝産物の生合成では、触媒効率を高めるために代謝経路に関与する複数の酵素タンパク質が集合体(メタボロン)を形成して代謝の流れを厳密に制御するとともに、基質濃度を局所的に濃縮することで競合経路への流失を抑えることができます。たとえば、TCAサイクルや解糖系、アミノ酸代謝などの一次代謝経路では、複数の酵素がタンパク質集合体を形成し代謝物チャネリングを促進していると考えられています。植物が周囲の環境や外敵への対抗手段として多様な生理活性物質を合成する代謝経路においても、同様の仕組みが関わっている可能性があります。このようなメタボロンや代謝物チャネリングを活用した分子レベルの制御は仮説として提唱されていますが、それらを具体的に証明した報告例は限られていました。本論文では、セルロール合成酵素様タンパク質であるGAME15/CSLMが、SGA生合成経路においてメタボロンおよび代謝物チャネリングを担う足場タンパク質として中心的な役割を果たしていることを明らかにしました。

研究の内容

ジャガイモやトマトが含有する有毒SGAの生合成に関して、最近の研究により数多くの生合成酵素遺伝子が解明されてきましたが、未だ全容解明には至っていませんでした。SGA生合成遺伝子の多くは同じゲノム領域に代謝酵素遺伝子クラスターを形成しており、すでに多くが機能解明されてきましたが、その中に GAME15/CSLMと命名された機能未知のセルロール合成酵素様タンパク質が存在していました。GAME15はSGA生合成遺伝子と共発現しており、SGA生合成酵素とともに小胞体膜に局在していることからSGA生合成への関与が示唆されました。そこで、GAME15を昆虫細胞および酵母細胞で発現させた結果、コレステロールグルクロニド(CHR-GlcA)の産生を確認できたことから、GAME15はコレステロールグルクロン酸転移酵素であることが示されました(図1)。さらに、アグロインフィルトレーション法※5によりベンサミアナタバコ(Nicotiana benthamiana)でGAME15とGAME6(CYP72A188: 22位水酸化酵素)とGAME8(CYP72A208: 26位水酸化酵素)を一過的に発現させた結果、22, 26-ジヒドロキシCHR-GlcAが検出されるのに対して、GAME15を省くとCHR-GlcAやコレステロール水酸化物は検出されませんでした。これらの結果から、GAME6とGAME8によるコレステロール水酸化反応は遊離コレステロールではなく、GAME15により生成するCHR-GlcAのみを基質とすることが証明されました。GAME15は他の多く含まれる植物ステロールではなく特異的にコレステロールを基質とすることから、GAME15は小胞体膜上でコレステロール生合成酵素およびSGA生合成酵素と相互作用してタンパク質集合体を形成していることが推定されました。