神戸大学大学院人間発達環境学研究科の平山楽大学院生、丑丸敦史教授らは、筑波大学山岳科学センター菅平実験所の井上太貴大学院生、田中健太准教授、富山大学理学部石井博教授とともに、森林化によって失われてしまった、生物に溢れた草原を再び取り戻すには、75年以上草刈り(草原管理)を続ける必要があることを、花と虫の関係に着目して明らかにしました。

数千年以上にわたって人の管理によって維持されてきた草原(半自然草原)は、さまざまな植物や動物の生息地となってきました。しかし、こうした半自然草原は近代化に伴う牛馬の減少や管理者の減少?高齢化などにより世界的に減少し、日本でも多くの草原に暮らす植物や植物を利用する昆虫が絶滅の危機に瀕しています。これに対し、放棄や植林によって森林化した草原跡地を再び管理することで、多様な植物?昆虫を回復させる試みが世界各地でなされています。

本研究では、花と花に訪れる昆虫に着目し、一度森林化した草原跡地に造成された複数のスキー場を研究することで、再び草原となったスキー場(再生草原)では、花の多様性だけでなく、ミツバチやチョウの仲間などの昆虫の多様性も、古くから人に維持されてきた草原(古草原)のレベルまで回復するには、少なくとも75年程度必要であり、それら花と昆虫の関係回復にはさらに時間を要することを明らかにしました。 

本研究成果は、3月13日に国際誌「Journal of Applied Ecology」に掲載されました。

スキー場草原およびそこに生息する花に訪れる昆虫

 

ポイント

  • 再生草原では植物の多様性回復が遅いことが知られていたが、花粉を媒介し植物の繁殖を支えるミツバチやチョウ、ハナアブの仲間などの昆虫(送粉者)の多様性やそれらと花の関係の回復については研究がなかった。
  • 再生草原では、歴史の古い草原(古草原)と比べて、ハエの仲間が多い一方で、ミツバチやチョウの仲間が少なく、植物の花における受粉量や種子生産が少ないことを発見した。
  • 再生草原では、花と昆虫の関係性が75年経っても古草原のレベルまで回復しないことで、植物の受粉機能が低く抑えられ、植物の回復が遅い要因となっていることを初めて明らかにした。

研究の背景

縄文時代から長きにわたって火入れや放牧、草刈りといった人の活動によって維持されてきた半自然草原※1は、近代化による草原利用の減少や管理者の減少?高齢化による放棄などの要因によって世界的に大きく減少し、そこに暮らす動植物は絶滅の危機に瀕しています。日本でも、放棄による森林化で、半自然草原の面積は100年前に比べて1/10以下に縮小しており、キキョウやオミナエシ、ナデシコ、ムラサキなど人の文化と深く関わってきた草原の植物やそれを餌とする昆虫が姿を消しつつあります。この草原性動植物の絶滅の危機に対処するため、現存する草原やそこに暮らす動植物の保全に加え、森林になってしまった草原跡地へ管理を再導入し、草原を再生させる試みが世界中で進められています。

これまでの研究では、森林から再生した草原(再生草原)での植物多様性回復には3つの障害(埋土種子の消失、種子供給の制限、土壌環境の変化)によって、植物の多様性回復が妨げられていることが広く知られていました。しかし、草原再生における植物の受粉を助けるミツバチの仲間やハナアブやチョウの仲間といった送粉者※2(花粉媒介昆虫)の多様性や送粉機能の役割についてはほとんど研究されてきませんでした。被子植物の90%近くが種子生産に必要な受粉をこうした送粉者に頼っており、再生草原における送粉者の回復も、植物の多様性回復にとって重要な役割を担っていると考えられます。

近年になって、日本ではスキー場として維持されている草原が、絶滅危惧種を含む多くの草原性動植物の重要な生息地となっていることがわかってきました。動植物の多様性の高いスキー場草原は、もともと放牧地などとして維持?管理されていた古い草原をそのままそのまま利用しているものと森林を切り開いて新たに草原を作り出したもの、の2つのタイプに大きく分けられます。森林から新しく造成されたスキー場草原では、草原維持期間が短いほど植物の多様性が低いことが知られています。

本研究では、このスキー場草原の特性を生かして、新しく造成したスキー場草原(再生草原)での送粉者の多様性や送粉者と植物との関係、送粉機能が再生後の草原継続期間によりどのように変化するのかを明らかにし、草原再生における長期間の管理維持の重要性を調べることを目的としました。

研究の内容

方法

長野県上田市菅平高原にあるスキー場で虫媒植物※3と送粉者の調査を行ないました。菅平高原には、数千年維持されてきた草原をそのまま利用して造られたスキー場草原(古草原)と異なる時期に森林伐採により新しく造成されたスキー場草原(再生草原)がみられます(図1)。二つのタイプの草原は冬にはスキー場となりますが、春から夏にかけては絶滅危惧種を含む草原性植物の重要な生息地となっており(図2)、年に1回秋ごろに行われる草刈りによって管理維持されています。

図1 調査地の草原の歴史の概念図

 

図2 調査地のスキー場草原の冬と夏の風景写真(a,b)およびスキー場草原に生育する国のレッドリストに記載されている絶滅危惧種(c,d,e,f)

 

調査地内の14のスキー場草原(再生草原:7, 古草原:7)に5㎡ ? 200㎡プロットを設置し、枠内の虫媒植物と送粉者の調査を行いました。枠内でみられた全開花植物種および花数を記録し、花に訪れた送粉者種および個体数を記録しました。植物種は、在来種とそれ以外に分けて、全植物種と在来種の種多様性をプロットごとに算出しました。送粉者はハナバチ類、チョウ類、ハナアブ類、その他ハエ類に分けて送粉者の組成をプロットしました。

植物と送粉者の関係はネットワーク解析の手法を用いて、指標の一つであるスペシャリスト度(H2’)を計算しました。この値が大きいほど植物と送粉者の関係は、特定の植物種と送粉者種の間での関係がより多くなる(専門化する)ことを示します。

また、調査地内に広く生育する15種の植物種を対象に、各地点各種最大20個体の花からめしべを採取し、顕微鏡の下で柱頭に付着している自種花粉量を調べました。また、そのうち5種は果実を最大15個体から採取し、自然受粉によってできた種子(自然受粉種子)を数えました。また、柱頭に届けられた花粉が不足することで種子の生産が少なくなっているのかどうかを調べるために、同じ数の花に人の手で受粉し、その花の種子(手動受粉種子)の生産を調べました。自然受粉と手動受粉の種子数から以下の式で花粉不足による種子生産の制限(花粉制限)を計算しました。この値が高いほど野外で昆虫による送粉が不十分なために種子の生産が少ないことを示します。

花粉制限 = 1 ― (自然受粉種子数 / 手動受粉種子数)

受粉量と花粉制限の値は種内で標準化((観察された値-種の平均値)/種の値の標準偏差)しました。

 

結果

本研究で、草原継続期間の異なる再生草原で調べたところ、最も若い(草原期間が短い)再生草原では植物の種数が少なく、ハナアブの仲間などハエ類が主な送粉者になっていました(図3, 図4)。また、再生草原では草原継続期間が長くなるとともに開花する植物種が増加し、ミツバチやチョウの仲間の送粉者が増加していました。それら植物?送粉者の多様性はおよそ75年程度維持されてきた再生草原で古草原と同等になることが示されました(図3)。

図3 再生草原と古草原での植物?送粉者の多様性 図中の水色は再生草原、薄緑色は古草原の結果を示す。(a)は全植物種数、(b)は在来植物種数、また、(c)は送粉者組成の結果を示す。再生草原の曲線は統計的に有意な関係があることを示す。古草原の線は平均値を示す。

 

図4 再生草原で多くみられた送粉者(a,b,c,d)と古草原で多くみられた送粉者(e,f,g,h) (a)    ケヒラタアブ、(b)ナミハナアブ、(c)ニッポンクロハナアブ、(d)クチナガハリバエ、(e)トラマルハナバチ、(f)ジャノメチョウ、(g)フルカワフトハキリバチ、(h)クジャクチョウ。

 

植物と送粉者の関係は、再生草原と古草原で大きく異なり、再生草原ではスペシャリスト度が低くなっていました。また、再生草原の低いスペシャリスト度は草原継続期間が長いほど回復しますが、75年経っても古草原のレベルにまで達しないことがわかりました(図5a)。また、再生草原では、植物の受粉量も少なくなっており、花粉不足で種子生産が少なくなっていました。しかし、受粉量や花粉制限の程度も草原が長く維持されることで回復することが明らかになりました(図5b, c)。

以上から、再生草原では、植物と送粉者の多様性や送粉機能が古草原と同じレベルまで回復するには75年以上の年月が必要であることが明らかになりました。これは草原生態系の再生にはとてつもない時間がかかることを示しただけでなく、残存している多様な植物や送粉者の見られる古い草原が非常に重要な生態系ホットスポットであることも示唆されました。

図5 再生草原と古草原での植物と送粉者の関係(H2’)、受粉量、花粉制限の程度図中の水色は再生草原、薄緑色は古草原の結果を示す。(a)は植物と送粉者の関係(H2’)、(b)は自種花粉の受粉量、また、(c)は花粉制限の結果を示す。再生草原の曲線は統計的に有意な関係があることを示す。古草原の線は平均値を示す。

今後の展開

半自然草原は、この100年間の間に、日本で最も失われた生態系であり、そこに暮らす動植物は保全の優先度が高い生き物たちです。管理放棄や植林により樹林化が進み草原が広く失われていく中で、管理再導入による草原の生物多様性再生は重要な課題です。本研究では、再生草原では、生息する植物や昆虫類の多様性や生態系機能が、数千年草原として維持されてきた古草原レベルまでに回復するには非常に長い年月が必要であることを初めて示しました。また、この結果から、現在世界中で失われつつある古い草原が生物多様性保全において非常に高い価値を持つことが示唆されました。

20世紀末以降、人間生活の変化などによって放棄される草原が全国的に急増し、草原性植物の絶滅に拍車がかかっています。今後、生物多様性や生態系機能の保全の観点から価値の高い歴史的に古い草原を特定し、その保全を最優先に行うことはもちろん、草原再生を行う際にどのような管理?アプローチをすれば多様性の回復が速まるのかを明らかにすることが期待されます。

用語解説

※1半自然草原

人間が火入れ、放牧、草刈りなどで管理することで維持される草原。人間の管理なしで成立する自然草原とは異なり、管理されなくなると森林化してしまう。 

※2送粉者

主にミツバチの仲間のハナバチ類やハナアブを中心としたハエ類、チョウ類など、植物の花に訪れ、花粉や花蜜を採餌する際に植物の花粉の授受を行なっている動物の総称。本研究では昆虫が花に訪れたときに体が植物の繁殖器官(めしべ、おしべ)に触れたものを送粉者としている。

※3虫媒植物
花粉の媒介を主に昆虫類に依存している植物のことを指す。

謝辞

本研究は、科研費基盤B(19H03303, 22K06400)と環境研究総合推進費(JPMEERF20234005)、笹川科学研究助成および長野県科学振興会の支援を受けて行われました。また、データ取得においては、地元の土地所有者、スキー場草原を管理している菅平パインビークスキー場、菅平スキーハウス、菅平高原奥ダボススノーパーク、ハーレ菅平高原スキーリゾートの許可のもと実施しました。

論文情報

タイトル

Long-term management is required for the recovery of pollination networks and function in restored grasslands(和訳:再生草原での送粉ネットワークや送粉機能の回復には長期間の管理が必要)”

DOI

10.1111/1365-2664.70017

著者

Gaku S. Hirayama(平山楽), Taiki Inoue(井上太貴), Tanaka Kenta(田中健太), Hiroshi S. Ishii
(石井博), & Atushi Ushimaru(丑丸敦史)

掲載誌

Journal of Applied Ecology

研究者

SDGs

  • SDGs15