神戸大学都市安全研究センターの末永伸明学術研究員と吉岡祥一教授を中心とした国際共同研究グループは、メキシコ?ココスプレート沈み込み帯に位置するゲレロ地震空白域において、プレート境界の温度分布と脱水過程が巨大地震およびスロー地震※1の発生領域にどのように影響するかを明らかにしました。この地域は過去に海溝型巨大地震が発生しておらず、その地震発生メカニズムには未解明の部分が多く残されています。本研究では、3次元熱対流数値シミュレーションを用いてプレート境界の温度場を再現し、地震発生領域との関連性を解析しました。
その結果、海溝型巨大地震は特定の温度範囲内で発生しやすく、不安定滑り※2が発達している領域に相当する温度範囲が推定されました。また、ゲレロ地震空白域付近ではスラブ※3が下向きに凹んでいて、そのことに起因して温度?圧力条件が地震多発域と比べて異なっていることが示唆され、不安定滑りが起こっていないと考えられます。一方、スロー地震のひとつである長期的スロースリップイベント※4が起こっている場所では、不安定滑りから安定滑りへの遷移領域に相当する温度範囲が得られました。最後に、最適モデルの温度場及びスラブ内の含水鉱物※5の相図※6を用いて推定されたプレート境界面の脱水プロセスをプレート境界地震現象と比較したところ、海洋地殻内の MORB とスラブマントル内の超塩基性岩石からの大規模な脱水分解反応※7が、長期的スロースリップイベントと深部低周波微動※8領域の近くで発生したことを示唆する結果が得られました。特に長期的スロースリップイベントによる滑りが大きいゲレロ地震空白域付近では最大の脱水量が見積もられました。このことから、スロー地震はプレート内の脱水分解反応と密接に関連していることが示されました。スロー地震の発生メカニズムを解明することは、プレートの沈み込みプロセスを理解する上で重要であり、南海トラフ大地震等の海溝型巨大地震の発生メカニズムの解明にもつながると考えられます。
この成果は、3月3 日、英国の科学雑誌「Scientific Reports」に掲載されました。

ポイント
- メキシコ沈み込み帯を対象とした3次元温度構造モデルを構築し、沈み込むプレートに伴う温度場を計算したところ、海溝型巨大地震は不安定滑りが発達している温度範囲で起こり、長期的スロースリップイベントは不安定滑りから安定滑りへと遷移する温度範囲で起こることがわかった。
- ゲレロ地震空白域では、スラブが凹んでいることによって、周囲よりプレート境界面が低温であり、不安定滑りが起こっていないと考えられる。
- 沈み込むプレートの海洋地殻、スラブマントルからの脱水量は、長期的スロースリップイベントの滑り量が最大となっている領域で最大となっており、スラブから放出された水がスロー地震の発生に寄与していると考えられる。
研究の背景
メキシコの太平洋側では、現在、ココスプレートが中米海溝に沿って北北東方向に年間約6.6 cmの速度で北米プレートの下に沈み込んでいます。この地域では、1985年のミチョアカン地震(Mw8.0)、1995年のコリマ?ハリスコ地震(Mw8.0)、2017年のテワンテペク地震(Mw8.2)など、Mw8クラスの巨大地震が発生しています。メキシコ南東部のゲレロ州付近では、長期的スロースリップイベントや深部低周波微動などのプレート間で発生するスロー地震現象が観測されています。さらに、長期的スロースリップイベントが観測されている地域の太平洋側沿岸部と重なる領域で100年以上前からゲレロ地震空白域が存在しており、海溝型巨大地震が発生していません。また、内陸部では沈み込む海洋プレートの沈み込み角が極端に小さく、スラブが横たわっている「フラットスラブ」が存在しており、深部低周波微動はこの領域のプレート境界面で発生しています(図1)。

図1:メキシコ沈み込み帯のテクトニックマップ
白枠で囲まれた領域が、本研究の数値シミュレーションのモデル領域を示し、ゲレロ地震空白域も含まれる。灰色の実線は沈み込んだココスプレート上面の 20 km 間隔の等深度線を表す。黄色の星印は、近年に発生したMw8 クラスの巨大地震の震源を示す。オレンジ色の三角形と実線は、それぞれ TMVB とその領域内の火山列を表す。ピンク色と薄水色の丸印は、それぞれ MASE 及びGGAP観測点で観測された深部低周波微動の震央を表す。白、黒、赤の点線及び実線コンターは、それぞれ2001~2002年、2006年、2009~2010年の3回の長期的スロースリップイベントの滑り量の10 cm、及び14 cmの等値線を表している。ピンクの実線コンターは、過去の巨大地震の破壊領域を表している。
研究の内容
ココスプレートの沈み込みに伴う3次元熱対流数値シミュレーションを行い、メキシコ沈み込み帯における3次元温度構造モデルを構築しました。本研究では、以下の3つの未知パラメターについて、複数のそれらの値の組み合わせで数値計算を実行しました。その中でキュリー点深度※9分布の観測値と計算値の残差の2乗和の平方根の値が最も小さいものを最適モデルとしました。未知パラメター及びそれぞれの最適モデルでの値は以下の通りとなりました(図2)。
?プレート境界での有効摩擦係数 (最適値:0.0085)
?マントルウェッジコーナーの粘性率 (最適値: 1025 Pas)
?粘性率を変更した領域の下限のプレート境界面の深さ (最適値: 50 km)

(a) 粘性率の変更領域の下限のプレー
ト境界深さを50 kmに固定。
(b) プレート境界の有効摩擦係数を0.0085に固定。
(c) マントルウェッジコーナーの粘性率を1025 Pasに固定。
(d) キュリー点深度の観測値の空間分布と最適モデルの計算値の空間分布を表す。
得られた最適モデルの結果を見ると、ゲレロ地震空白域ではスラブ形状が凹んでいることに起因して、プレート境界面温度がスメクタイト‐イライト相転移※10に伴う脱水分解反応が生じる温度―圧力条件より低温?低圧状態に遷移していると見積もられ、不安定滑りが生じていないと結論づけました(図3)。また、スラブからの脱水はゲレロ地震空白域直上付近で最大となり、長期的スロースリップイベントの滑り量が最大となっている場所とも調和的でした(図4)。


今後の展開
メキシコは環太平洋沈み込み帯に属しており、日本と同様に地震活動が活発な地域です。スロー地震の観測も進んでおり、その発生原因に関する研究も盛んに行われています。本研究ではゲレロ地震空白域に着目しましたが、取り上げていない北部のハリスコ地方や南部のオアハカ地方でも注目すべき海溝型巨大地震やスロー地震が発生しています。今後、それらの地域を含む様々な沈み込み帯において温度構造モデルの研究を進め、海溝型巨大地震やスロー地震の発生メカニズムの普遍性や地域性を探ることは、地震発生メカニズムの解明や今後の海溝型巨大地震の予測につながるものと期待されます。
用語解説
- スロー地震:通常の地震に比べて遅い速度で断層が滑る現象。海溝型巨大地震の発生域の隣接地域で発生している。
- 不安定滑り:プレート境界面における滑りの状態の一つで、地震間にはプレート境界面が固着しており、地震時には急激に滑るような様式。地震性滑り。
- スラブ:沈み込んだ海洋プレートのこと。
- スロースリップイベント:ある程度の期間中、プレート境界面で非地震性滑りが加速する現象であり、短期的なものは数日から数週間程度、長期的なものは数か月から数年にわたって継続する。
- 含水鉱物:OH基を結晶構造の中に含む鉱物。
- 相図:物質内の異なる相が,組成?温度?圧力などの状態量によって,安定して存在する領域を,図示したもの。
- 脱水分解反応:含水鉱物が、プレートの沈み込みに伴い、ある温度?圧力条件になると相転移を起こし、水を放出する反応のこと。
- 深部低周波微動:通常の地震に比べて低周波の波が卓越する地震イベント。
- キュリー点深度:岩石が磁性を失う温度(キュリー点温度)に達する深度であり、本研究で参照している論文ではキュリー点温度は550 ℃。
- スメクタイト‐イライト相転移:スメクタイトは膨潤性の粘土鉱物の総称。プレートの沈み込みに伴うスメクタイト‐イライト相転移、並びにプレート境界面での摩擦係数の速度依存性の正から負への変化が見られる場所は、不安定滑りが卓越する深さ範囲の上限の位置に相当すると考えられている。
謝辞
本研究は、科研費(21H05203)、神戸大学国際共同研究強化事業(B型)、およびUNAM-DGAPA-PAPIITプロジェクト補助金 (IN114524)を受けて実施しました。
論文情報
タイトル
DOI:10.1038/s41598-025-91257-9
著者
末永伸明1、吉岡祥一1,2、Vlad Constantin Manea3、Marina Manea3, Erika Jessenia Moreno1、
季穎鋒4,5
1神戸大学都市安全研究センター、2神戸大学理学研究科惑星学専攻、3メキシコ国立自治大学地球科学研究所計算地球力学研究室、4中国科学院チベット高原研究所、5中国科学院大学
掲載誌
Scientific Reports