神戸大学大学院医学研究科の片岡葵特命助教と、筑波大学医学医療系の村木功教授、地域医療振興協会ヘルスプロモーション研究センターの中村正和センター長、大阪医科薬科大学医療統計学研究室の伊藤ゆり特務教授の研究グループは、改正健康増進法および東京都受動喫煙防止条例(以下、法律?条例)の施行前後における飲食店の全面禁煙化の実態を明らかにしました。日本で現在施行されている法律?条例では飲食店は全面禁煙化とはならず、いくつかの条件のもと喫煙が継続できるようになっています。本研究は、このような部分規制を伴う日本の法律?条例下で、法律?条例による規制を受ける飲食店と受けない飲食店の双方に焦点を当てて法律?条例の施行が飲食店の禁煙化に与えるインパクトを評価した国内で初めての研究です。
2025年は改正健康増進法の見直しが予定されているほか、改正健康増進法よりも規制が厳しいとされる大阪府受動喫煙防止条例が施行されました。本研究では、部分規制を伴う法律?条例のもとでは、十分な禁煙化は望めないことが明らかとなっています。本研究の成果は今後、改正健康増進法や各都道府県の受動喫煙防止条例の改正?施行に際して、部分規制による禁煙化の限界を示し、包括的な法律?条例の検討を促す重要な知見となることが期待されます。
この研究成果は、11月29日に、「BMC Public Health」に掲載されました。
ポイント
- 法律?条例の規制対象外となる小規模店舗で、分煙?喫煙可能から全面禁煙に変更した店舗はわずか35%のみ。
- 法律?条例の規制対象店舗は全面禁煙に変更しなければならないことが義務付けられているが、「分煙?喫煙可」の飲食店のうち78%が法律?条例施行後も分煙?喫煙を継続していた。
- 全国での推計では、全面禁煙の飲食店の割合は55%から69%に増加した。しかし、仮にすべての規制対象店舗が法律に則って禁煙化をしていれば、禁煙化の割合は86%となるはずであった。
- 2020年度の法律?条例の変更はその内容の理解や規制が不十分な可能性が示された。日本における包括的な規制が求められる。
研究の背景
2002年に受動喫煙対策を努力義務として盛り込んだ「健康増進法」が制定され、公共交通機関やオフィスなどで禁煙や分煙の取組が広がりました。しかし、店舗や施設によって対策が異なり、受動喫煙対策が十分に行き届いていない状況が課題となっていました。
そこで、受動喫煙対策を強化するため、2018年に「改正健康増進法」※1が成立、2020年4月に全面施行となりました。この改正により飲食店が原則禁煙となりましたが、2020年4月以前より経営をしている小規模な飲食店(客席面積100㎡以下、資本金5,000万円以下)に関しては法律の規制対象外となり、禁煙か喫煙かを店主が自由に選択できることになりました。東京都ではこれより厳しい「東京都受動喫煙防止条例」※2が2018年に制定、2020年に施行され、従業員を雇用する飲食店はすべて屋内禁煙とすることが義務付けられています。
しかし、規制の適用外となった小規模な飲食店では、法律?条例の施行後にどの程度禁煙化が進んでいるのかについては、十分に把握されていません。
そこで本研究では、改正健康増進法?東京都受動喫煙防止条例の施行前後に、都会型の地域として法律より厳しい条例を先んじて施行した東京都、2025年に受動喫煙防止条例が全面施行された大阪府、地方型の地域として条例の制定がなく、かつ日本で喫煙率が2番目に高い青森県で営業をしている飲食店を対象に屋内の喫煙状況についての調査を行い、特に法律?条例の「規制対象外」となっている飲食店において禁煙化がどの程度進んだかを明らかにすることを目的としました。
研究の内容
まず、2020年3月と2021年3月にアンケート調査を行いました。第1回目の調査では東京都?大阪府?青森県で営業している6,000店舗、第2回目の調査では第1回目の調査で回答があった809店舗と新たに追加した2,800店舗の合計3,609店舗を対象とし、法律?条例施行前後の屋内の喫煙状況を把握しました。
この結果、解析対象全707店舗のうち「全面禁煙」店舗は55%(386/707)から68%(476/707)、さらに法律?条例の「規制対象外」店舗では「全面禁煙」店舗は51%(233/457)から67%(308/457)に増加していました。また「規制対象外」店舗で「分煙?喫煙可」から「全面禁煙」に変更した店舗は35%(78/224)でした。一方、禁煙化が法律?条例で義務付けられている「規制対象」店舗にもかかわらず、法律?条例施行前に「分煙?喫煙可」だった店舗のうち78%(76/97)が禁煙化をせず、「分煙?喫煙可」を維持していました。

次に、本調査の結果と飲食店グルメサイトの登録件数を用いて、法律?条例の施行後、日本全国の飲食店における屋内喫煙状況の推計を行いました。その結果、「全面禁煙」店舗は法律?条例の施行前:55%、施行後:69%と推計されました。また仮に法令遵守が徹底され、すべての規制対象店舗が禁煙化を行ったとしたら、法律?条例施行後の「全面禁煙」店舗の割合は全国で86%と推計されました。

今後の展開
現在の法律?条例が部分規制であることにより、日本における飲食店の禁煙化への効果は限定的であることが明らかとなりました。また法律?条例の規制の上では本来禁煙化が必要な飲食店であるにも関わらず、分煙?喫煙を継続している店舗が78%見られたことから、法律?条例の適用の徹底が必要といえます。
本研究の結果は、今後も飲食店内の喫煙状況を把握し、「飲食店の屋内禁煙化に関する包括的な法律?条例の整備」について、政策立案者、研究者、レストラン?バーの経営者、従業員らとの議論をする必要性を示しています。また、現在の法律?条例の理解や遵守の課題を共有し、受動喫煙防止のための法律?条例改正の検討が求められることを示唆しました。
用語解説
※1 改正健康増進法
2020年4月に施行され、子どもや患者等に特に配慮が必要とされる公共施設や病院などは敷地内禁煙、それ以外の施設は原則屋内禁煙となりました。しかし飲食店については、原則屋内禁煙とはしつつも、喫煙専用室(喫煙のみをするための部屋)や加熱式たばこ専用喫煙室(加熱式たばこの使用も飲食も可能な部屋)を設置することが認められています。さらに①2020年4月以前より営業、②客席面積100㎡以下、③資本金5000万円以下の小規模店:既存小規模飲食店については、経過措置として屋内禁煙?喫煙専用室や加熱式たばこ専用喫煙室の設置?喫煙可を自由に選択できるようになっています。
※2 東京都受動喫煙防止条例
2020年4月に、改正健康増進法と同時に施行されました。改正健康増進法との違いとしては特に健康影響を受けやすい20歳未満の者や受動喫煙を防ぎにくい立場である従業員を、受動喫煙から守る観点から都独自のルールを定めています。特に既存小規模飲食店の条件が改正健康増進法よりも厳しいものになっており、改正健康増進法の3要件に加え、④従業員がいないこと、都独自ルールとして追加されています。
謝辞
本研究は、令和元年度?令和2年度厚生労働科学研究費補助金(循環器疾患?糖尿病等生活習慣病対策総合研究事業)「受動喫煙防止等のたばこ対策のインパクト?アセスメントに関する研究」(研究代表者:中村正和)ならびに令和5?7年度厚生労働科学研究費補助金(循環器疾患?糖尿病等生活習慣病対策総合事業)「改正健康増進法施行後における喫煙室の設置状況と受動喫煙環境の評価及び課題解決に資する研究」(研究代表者:大和浩)の助成を受けて実施されました。
論文情報
タイトル
DOI
10.1186/s12889-024-20765-6
著者
Aoi Kataoka, Isao Muraki, Masakazu Nakamura, Yuri Ito
掲載誌
BMC Public Health