
神戸大学大学院科学技術イノベーション研究科の片岡洋祐 特命教授(研究当時:理化学研究所生命機能科学研究センター 客員主管研究員)、後藤俊志 特命助教(研究当時:理化学研究所生命機能科学研究センター客員研究員、現:甲南大学フロンティアサイエンス学部 客員研究員 兼任)らと、理化学研究所脳神経科学研究センター/光量子工学研究センターの宮脇敦史 チームディレクター、阪上-沢野朝子 研究員、甲南大学フロンティアサイエンス学部の西方敬人 教授らの研究グループは、がん細胞を生体内の深部までリアルタイムに可視化することに成功しました。
がんの内部は、様々な特徴を持ったがん細胞や免疫細胞、線維芽細胞など多様な細胞が不均一に入り乱れています。このような内部環境は、がん治療を阻む大きな要因とされており、がん治療開発において重要な課題であることが広く認知されています。しかし、従来の解析技術では、生体深部のがん細胞を解析することは困難であり、腫瘍内部の環境を考慮したがん治療の開発には、新しい技術の開発が必要でした。
本研究では、がんのイメージング用に改良を施した独自の顕微内視鏡と、理化学研究所の宮脇敦史 チームディレクターらが開発したFucciシステム(Fucci(SA)5)を用いて、がん深部に存在するがん細胞を生体内で解析できる技術の開発を行いました。開発した技術により、直径1 cmにも達する大きさのがんにおいて、端から端までがん細胞を可視化することに成功しました。また、本技術は生体に対するダメージが非常に低いため、同一個体の抗がん剤に対する応答を数週間に渡って解析することにも成功しています。この解析から、がん細胞が抗がん剤に対する抵抗性を獲得するメカニズムに関する新たな知見も取得しています。
本研究の成果は、がん治療開発における新しい評価法となり、革新的ながん治療法の開発を加速させることが期待されます。さらに、新しいがん検査法や治療効果評価法など医療への展開も期待されます。
この研究成果は、6月5日に、学術誌「Cell Reports Methods」に掲載されました。
ポイント
- がん深部に存在する細胞を生体内でリアルタイムに解析できる技術の開発に成功した。
- 抗がん剤に対する細胞応答を同一個体で長期追跡することで、がん環境の影響や多倍体化した細胞の出現を明らかにした。
- 今後の研究開発により、基礎研究や創薬研究だけでなく、新しいがん診断法や治療効果の評価法など医療の発展にも貢献することが期待される。
研究の背景
転移や治療抵抗性などを示す進行がんの治療法は、未だ開発が不十分な現状です。このような現状である大きな要因として、がんの中にある多様な細胞から成る複雑な環境の存在が挙げられます。がん内部に存在するがん細胞は、性質が一様ではなく、様々な遺伝的特徴や形質を有することが知られています。また、がん内部にはがん細胞に加えて、免疫細胞や線維芽細胞など正常な細胞も存在しています。このような細胞の多様性は、がんの成長に伴う虚血状態やがん治療などにより、空間的かつ時間的に大きく不均一化します。この不均一ながんの内部環境は、がんの悪性化をもたらす大きな要因となります。したがって、進行がんの治療法開発には、がん環境の解析が非常に重要となります。しかし、このような解析には、1) 時間で大きく変化するため生体内で解析可能、2) 空間的に不均一化するため組織深部まで解析可能、3)細胞を解析可能、という3つの性能を兼ね備えた技術の開発が課題でした。
研究の内容
本研究では、がんの生体イメージング用に改良を施した独自の顕微内視鏡※1と、理化学研究所の宮脇敦史 チームディレクターらが開発したFucciシステム(Fucci(SA)5)※2を導入したがん移植モデルマウスを用いて、がん深部に存在するがん細胞を生体内でリアルタイムに解析できる技術の開発に成功しました。この技術は、直径0.35 mmの光ファイバーを生体組織に刺入することで、内視鏡のように内部の細胞を撮像することを特徴とします(図1)。したがって、組織深部まで細胞の撮像が可能であり、本研究では直径1 cmにも達する大きさのがんおいても、端から端までがん細胞を可視化することに成功しています。また、生体に対するダメージが非常に低く、同一個体で長期にわたり複数回の解析が可能です(図2中央)。さらに、本技術は細胞を解析するために必要な分解能を有しているだけでなく、マルチカラーレーザーシステムを搭載しているため、複数種類の細胞を同時に解析することも可能です(図2左、右)。以上のような性能を持つ本技術は、がん環境の解析において非常に強力なツールであると考えられます。
さらに、本研究ではハード面の開発に加えて、ソフト面での開発も実施しました。本技術は内視鏡のようにデータを取得するため、得られるデータは動画形式です。そのため、組織学を熟知した研究者や内視鏡動画に慣れた医師でなければ、現在の視野が組織内のどこであるかを理解することは困難です。そこで本研究では撮像した動画データを顕微鏡像のように二次元画像として生成する技術を開発しました(図3:擬似断層像処理)。この技術を適用することで、生体においても摘出標本の一般的な顕微鏡像と同等のイメージングデータを取得することが可能であり、容易に細胞の空間情報を理解することができます。本技術は非常に新規性、有用性が高いものと考えられるため、すでに国際特許の出願もしています(PCT/JP2022/015824、出願人:理化学研究所)。




※全ての図は、掲載予定の論文より一部改変して引用しています。
今後の展開
本研究で開発した技術は、がんの基礎研究に大きく貢献すると考えられます。本技術を適用することで、これまで培養細胞でしか得ることができなかったデータを、実際の生体内でも取得することが可能となります。また、生体を用いた多くの研究では、標本にして観察するスナップショットでの解析が主流でしたが、本技術により、一個体を時系列で解析し続けることが可能となり、より正確なデータを取得することができます。このようなアドバンテージから本技術は、個体差を考慮した創薬研究への展開や、研究に使用する実験動物数を減らすことにも貢献できると期待されます。さらに、基礎研究や創薬研究だけでなく、新しいがん診断法や治療効果の評価法など医療の発展にも貢献することが期待されます。
用語解説
※1 顕微内視鏡
光ファイバーを内視鏡プローブとして組織へ刺入することで、蛍光ライブイメージングを実現する技術。
※2 Fucciシステム(Fucci(SA)5)
適切なタイミングで緑色蛍光タンパク質と赤色蛍光タンパク質を細胞内で蓄積させることで、細胞周期(細胞の分裂や停止)を可視化することができる技術。これらの蛍光タンパク質は、核内に集積するため、細胞の核を見ることができる。
※3 古典的な抗がん剤
分裂が盛んに行われている細胞を標的とした薬剤であり、DNAを損傷させることで細胞分裂の停止や細胞死を引き起こす。
※4 多倍体化
正常な細胞は染色体を2セットずつ(二倍体)もっているが、多倍体化した細胞では3セット以上を有する。がん細胞では多倍体化が、がんの悪性化に関与することが報告されている。
謝辞
本研究はJSPS科研費 (18H02724, 21H02787, 19H03140, 21H05041, 19H05462, 15H05948)ならびに、日本医療研究開発機構 (AMED-CREST, 23ek0109517h0001)、科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業(JPMJCR2124)、光科学技術研究振興財団、上原記念生命科学財団からの支援により実施されました。
論文情報
タイトル
“Microendoscopy for periodic intravital end-to-end tumor imaging of cancer cells”
DOI
10.1016/j.crmeth.2025.101056
著者
Toshiyuki Goto1,2,3, Masayuki Nakano1, Sally Danno1,3, Chie Ueda1,3, Asako Sakaue-Sawano4,5, Atsushi Miyawaki4,5, Anna Wrabel1, Ichiro Nakahara1, Takahito Nishikata2, Akira Mizoguchi1,6, Yasuhisa Tamura1,3, Kei Mizuno1,3, Yosky Kataoka1,3,7*, Kazuo Funabiki1,8*
- 理化学研究所 生命機能科学研究センター
- 甲南大学 フロンティアサイエンス学部
- 神戸大学大学院 科学技術イノベーション研究科
- 理化学研究所 脳神経科学研究センター
- 理化学研究所 光量子工学研究センター
- 三重大学大学院 医学研究科
- 理化学研究所 マルチモダル微細構造解析ユニット
- 神戸医療産業都市推進機構
*責任著者
掲載誌
Cell Reports Methods