国学は現代日本におけるあらゆる人文系学問のルーツである。だが、国学の歴史 (受容史) はいまだ茫漠としてつかみどころのないものである。近代以降には四大人観 (荷田春満?賀茂真淵?本居宣長?平田篤胤) が定説となるが、国文学研究という立場から見ると、四人の結びつきは必ずしも万全ではない。そこには木に竹を接いだような違和感があり、再考の余地がある。そこで、本書では本居宣長というレンズを通して、国学史を見渡してみたい。一七〇一年に始まり二〇〇一年に終わる三百年をたどるにあたって、数十年間隔で起こったいくつかの出来事を取り上げる。宣長の生前においては宣長の目を通して、没後においては宣長の受容を通して見ていくことにする。そもそも国学は、「歌学び」(歌学) と「道の学び」(古道学) という相異なる二つの顔を持つ双面神 (ヤヌス) なのである。それゆえ、時代によって違った顔を見せた。治世においては歌学が盛んに取り上げられ、乱世においては古道学がもてはやされた。国学発祥から三百年。その歴史をたどることによって、国学の本質を明らかにする試みである。
表紙の装幀は、鈴屋遺蹟保存会による宣長旧宅の画像に宣長の肖像画をあしらったデザインで、宣長の目を通して国学史を組み替えるという本書の意図を反映している。
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