豪商と聞いて、どのような名前を思い浮かべるだろうか。歴史に詳しい方であれば、紀伊国屋文左衛門、奈良屋茂左衛門、淀屋辰五郎といった名前が出てくるかもしれない。そうでない方でも、三井、住友、鴻池、といったあたりであれば、なるほど、と頷かれることだろう。本書の主人公となる商家も、これらの豪商と肩を並べた家であった。
姓は廣岡、屋号は加島屋久右衛門。江戸時代の大坂においては、鴻池屋善右衛門と並ぶ豪商として知られ、江戸幕府にも一目を置かれていた家である。
しかし、加島屋久右衛門という商家を、多くの方はご存じでなかったはずだ。一部の歴史に大変詳しい方か、NHK朝の連続テレビ小説「あさが来た」(2015年度下期) を熱心にご覧になった方以外では、加島屋久右衛門という名前でピンと来る方はまずいないはずだ。
江戸時代の大坂では知らぬ者がいなかったほどに著名だった加島屋久右衛門も、現在では存在すら十分に認知されていない。理由は単純である。加島屋久右衛門に関する史料が公開されてこなかったからである。
しかし、この10年で劇的に環境が変化した。新たな史料の発見が相次ぎ (朝ドラ効果、と呼べるかも知れない)、そのうちの江戸時代史料の多くが神戸大学経済経営研究所に保管されることになった。
本書は、加島屋久右衛門 (廣岡家) に伝来した史料を、高槻が中心となって組織した研究グループ (廣岡家研究会) で読み解いた成果を経過報告としてまとめたものである。
江戸時代に達成された金融取引に関する数々のイノベーション (デリバティブ取引、リレーションシップ貸出など) の中心には、常に加島屋久右衛門がいた。知られざる豪商の目を通して、江戸?明治?大正?昭和と、激動をくぐり抜けた我が国金融市場の歴史を味わって頂きたい。
経済経営研究所 准教授 高槻泰郎